山道が急に狭くなった。

 地図を見るとまたナオボウが道を間違えていた。引き返して進むとまた間違えたりして、ヒロムらは山の中腹をグルグル回っているような感じだった。

 さすがに疲れが出た。
 トシヤンが休もうと言って腰を下ろす。汗だくの三人に五月の風が気持ちよく吹きつけた。

 静かな森の中でヒロムのお腹がぐーっと鳴る。

「ヒロムお腹減ったのかよ」

 トシヤンが訊く。
 ヒロムはうんと頷いた。
 ボクもぺこぺこや、とナオボウも訴える。

 三人の眼が自然とぼた餅の紙箱に向く。トシヤンがごくりとつばを飲み込んだ。

「なあ、ひとつずつだけもらう?」

 ヒロムが言った。

 トシヤンのダメやと言う声と、ナオボウのそうしようという声が同時に響く。

「ひとつずつ食べてもあとひとつ残るし」

 ヒロムが言うと、トシヤンが怖い顔で紙箱を取り上げた。

「ええかお前らこのぼた餅をちゃんと届けないとゴリヤン君はないんやで」

「ゴ、ゴリヤン君?」

 ヒロムはゴリラの名前かと思った。

「お前らちゃんと話聞いてないんか。あの時おばあちゃんがお墓にぼた餅届けてくれたらゴリヤン君って言うええことがあるって言ってたやろ」

 ヒロムは何となく思い出した。
 横でナオボウがゴリヤンゴリヤンと言いながら笑う。

「ええか、このぼた餅はおじいさんのためでもあるしゴリヤン君のためでもある。お墓まで無事届けることがオレらの仕事や」

「仕事?」

 意外な言葉にヒロムはきょとんとした。

「そうや、お前らのお父さんも仕事してるやろ。オレらも仕事するんや。おじいさんとゴリヤン君のためにの仕事や。子供でも仕事が出来るってとこ大人に見せたるんや」

 トシヤンは紙箱をヒロムに渡すと立ち上がった。

 ヒロムは仕事という言葉を聞いて、何となくこの仕事をやり終えたら自分が大人みたいになれるような気がした。そしたら、お嫁さんももらわないかんなーとか思い始め、急に同級生のルミのことが頭に浮かんできた。

 この仕事を無事やり遂げたら、ルミが自分のことを好きになって中学生くらいになったら結婚してくれるのかもしれない。と、そこまで考えてはたとナオボウを見た。

 ナオボウは風邪気味なのか鼻を垂れている。

 美人のルミはみんなからもてるのでライバルも多い。ナオボウだってルミのことを好きに違いない。
 が、自分の方がハナタレで弱虫のナオボウよりも数段男前なので、ナオボウには勝てると思った。

 よっしゃあ! ヒロムは声を張り上げて立ち上がった。

 トシヤンが不思議そうな顔で振り返る。三人はまた前進を開始した。

 少し行くと森から抜け出て原っぱのようなところに出た。急に道が平坦になる。遠くに低いブロック塀が見えた。どうやらお墓についたようだ。

 空を見上げるとお日様が低い位置にある。風が強くて少し肌寒くなってきた。三人はお墓の入り口まで到達した。

 目の前にもの凄い数のお墓が広がっている。ヒロムは一目見てブルルと震えた。
 広さは小学校のグランドよりかは狭いが体育館の広さぐらいはある。周囲は低いブロック塀で仕切られていた。

 ヒロムは、家族で何度も田舎のお墓に行ったことはある。田舎のお墓は山の中に三つぐらいの墓石が立っているだけで、家族が一緒なので怖いと思ったことはない。

 だが、今ここには頼るべく家族はいない。トシヤンだけなのだ。

 そのトシヤンは黙りこくって呆然とお墓を眺めている。ヒロムは急に心細くなった。

「なあやっぱり帰るう?」

 ナオボウがトシヤンの手を引っ張った。

「バ、バカか、せっかくここまで来たんや」

 トシヤンはナオボウから取り上げた便箋に目を落とすと、一番端やなっと言いながら墓地に進み行った。

 ヒロムらも真っ青になってトシヤンにくっつく。と、途中まで進んだトシヤンが、あかん忘れてたと言って急に方向転換した。

 トシヤンが墓地の入り口に逆走するヒロムらも必死で後を追った

 三人は墓地の外に出るとはいつくばって肩で息をした。

 やっと顔を上げたトシヤンが口を開く。

「お、おちんちん取られるところやったわ~」

 三人は荒い息のまま顔を見合わせた。

 三人は墓地の入り口に整列した。

「ぼくらは女の子ですおちんちんはついておりませんっ!」

 三人はお墓に向かうと大声で三回そう言った。

「よ、よし~。入るぞ~」

 トシヤンが息を飲んでそろりそろりと足を進めた。

 ヒロムはぼた餅の箱を抱くと前屈みになり、辺りをきょろきょろ見回しながら後に続いた
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