ヒロムはおじいさんが去って行った方向を見た。
 ぼた餅がひとつ転がっている。

 近づいて見ると、ぼた餅は半分に砕け中から小石がのぞいていた。
 ヒロムはアッと声を上げた。

 二人組のワルに取られそうになった時、自分が入れた小石だ。
 おじいさんは小石を噛んだのだ。

 悪いことをした。
 これでゴリヤン君も無くなったとヒロムは肩を落とした。

 うめー、とトシヤンの声がする。
 振り返ると、トシヤンとナオボウがぼた餅を頬張っていた。

 ヒロムも駆け寄ってひとつつまんだ。

 口に含むと甘いあんこの味が広がる。ぼた餅は柔らかくて未だ生暖かく、ヒロムの小さな口では一口で食べきれないほど大きかった。

 ヒロムらは満足げに口をモグモグさせ、三人で顔を見合わせた。

 あっサル、とナオボウが指をさした。

 あの親子ザルが、おじいさんの食べ落としたぼた餅を分け合って食べようとしている。親ザルはぼた餅を拾い上げると挟まっていた小石を投げ捨てた。
 土埃を払い小ザルの口に運ぶと片方を自分の口に入れた。

 仲良くぼた餅を頬張る親子ザルを見て、ヒロムは小石を入れたのが良かったのか悪かったのか解らなくなった。


 翌日、お墓での出来事を話そうと草屋敷に行ったがおばあさんの姿はなかった。

 おばあさんに会えぬまま一週間が過ぎた日、草屋敷に足を踏み入れた三人は驚いた。

 黒い服を着た大人でいっぱいだ。

 草の刈られた庭に何人か立って話をしたり、おばあさんの座っていた座敷にも大人でいっぱいだ。

 ハンカチで涙を拭っているおばさんもいれば、笑顔で煙草を吸っているおじさんもいる。

 その中に一軒目の相撲取りのおばさんがいた。
 おばさんはヒロムらに気づくと近寄ってきた。

「ぼくらあ今日は早く帰りなさい」

 おばさんの眼は少し潤んでいる。

「この家なんかあったん」

 トシヤンが訊いた。

「おばあさんが亡くなったんよ」

 えっ! とトシヤンが声を上げた。

 ヒロムは亡くなったという意味が直ぐには理解できなかった。

 トシヤンが振り返って「あのおばあさん死んだんやって」と言った。

 ヒロムは目を丸くして驚いた。ナオボウも驚いた顔でポカンと口を開けた。

 トシヤンがくすんっと息を吐き出す。

 ヒロムは自然と涙が出た。

 ナオボウが声を上げる。三人は大声で泣き始めた

 大人達が、黄帽にランドセルの三人を奇異な目で見る。

 おばさんら数人が寄ってきてヒロムらの頭をあやすように撫でた。

 ヒロムらはいつまでも泣くのを止めなかった。
 

 数日後、ヒロムはお母さんから妹が生まれることを告げられた。

 お兄ちゃんになるんやっ! ヒロムは飛び上がって喜ぶと二階に駆け上がった。

 窓から身を乗り出し、屋根に飛び乗ったヒロムは、きらめく新緑の森に向かって手を合わせた

「おじいさん、ぼた餅の小石ごめんなさい。おばあさん、妹のゴリヤンクンありがとう」

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