「浅香山ですわ」
「そら、ちょっとはなれてますねえ。私の知ってる人も浅香山で公団住宅に入ってますけど」
 律子は自分の上司のことを言った。

「へー、そら私の近くや。公団住宅の近くの松ノ湯って風呂屋の近所なんですわ」
 老人は携帯用の灰皿に煙草をねじ込んだ。

「おじさん釣ってくださいよ。私らへたやから場所ゆずりますから」
 律子は席でも譲るように手を差し出した。

「私釣りに来たんと違いますねん」
 律子も木村もえっと口を開けて老人の方を見た。

 じゃあいつも何をしに来ていたの?
 と訊きたかったが老人の言葉を待った。

 老人は目元を緩めるとカートの荷物を下ろし始めた。

「まあ、あんたらの釣りにも役に立つかもしれませんがね」
 律子は老人の言ってることが理解できなかった。

「釣りのじゃまはしませんから気にせんと釣っといてください」
 老人はカートに結わえた小箱からなにやら小道具を引っ張り出した。

 律子らはもはや釣りどころではない。
 老人の謎の行動を二人は見守った。

 箱の中から老人が取り出したのは魚を焼く四角い鉄網、その鉄網の中央に貼り着いているのは間違いなく音楽のCDだった。

 アンバランスな組み合わせに二人は眉をひそめて目を凝らした。
 CDの光る面が陽光をギラリと反射する。

 律子は釣り竿を置いて老人の元に歩み寄った。
 木村もついてくる。

「なんなんです、それ?」
 と、律子はCD付きの鉄網にじっと顔を近づけた。