「透明度を計るんですわ」
 老人は笑いながら二人を見上げた。

「透明度?」
「海がどのくらい透き通っているのかを計るんですわ」
 律子らは不思議そうな表情で老人を見た。

「まだ時間があるから、ちょっと見せてあげましょう」
 おじいさんは手際よく紐を伸ばすと岸壁の際に立ち、CD付きの鉄網を海中に沈めた。
 律子らも一緒に覗き込む。

 水面付近では鮮やかにきらめくCDも少し沈むとぼやけた。
 老人は身を屈めてしきりに紐を緩めたりたぐったりした。

 CDは見えたり見えなくなったりする。
 やがてCDをたぐり上げると胸ポケットから取り出した手帳に記入した。

「今日は六十センチしかないですわ」
 律子は、CDが確認できるところまでが海水が澄んでいるということを理解した。
 でも、何故この老人がこんな場所でこんな事をしているのだろう。

「おじいさん何でそんなことしてるんです?」
 と木村はおじいさんの顔を覗き込んだ。

「モニタリングですわ」
「モニタリング?」
「そう、大阪湾の環境監視、海の環境を見張ってますねん」
「な、なんでまた?」
「そらあ、この大阪湾を愛してるからですよ」
 老人は相好を崩した。
 
 老人はカートのそばにやおら腰を下ろすと話を始めた。

 五年程前、大阪湾の環境改善を掲げ国や自治体による協議会が発足した。
 広大な大阪湾をきれいにするためには、省庁や自治体間の垣根を取り払って連携する必要があるからだ。

 協議会では改善のためのプログラムが策定された。
 プログラムは三つの柱から成り立つ。

 一つ目はモニタリングで環境がどうなっているのかを知ること。
 二つ目は汚濁メカニズムの解明でどのような原理で海が汚れているのかを明らかにすること。
 三つ目は環境改善事業で実際に改善するために事業を行うこと、だ。

 分かりやすく大阪湾の環境悪化を人間の病気に例える。
 モニタリングは病気を発見するための定期検診で、汚濁メカニズムの解明は病院での精密検査、環境改善事業は外科的な手術や投薬ということになる。

 プログラムの実施は行政だけでは出来ない。
 学識者や市民団体などとの連携が不可欠だ。

 大阪湾では既に市民レベルで様々な環境活動が繰り広げられていた。
 だが、それらはつながりが無く個別バラバラに活動していた。