当時、老人はS市に勤めていて十五年程前に退職したとのことだ。
 海釣り団体に属して、釣り教室や魚釣り大会などのイベントに盛んに取り組んでいた。

 三年前、協議会の事務局をする国の機関から一緒に大阪湾をきれいにしないかとの声がかかった。
 海釣り団体の会長や事務局長は、行政は自分たちをうまく取り込もうとしているのではないのかと警戒した。

 それは、臨海部を所管する行政と海釣り団体との軋轢が各地で激化した時期でもあったからだ。   原因はソーラス条約である。
 この条約は、一九一二年に北大西洋で沈没したタイタニック号事故を契機に定められた「海上における人命の安全のための国際条約」のことである。
 中身は、船舶や港湾の設備、海上交通の安全確保などに関する国際的な約束事だった。

 二〇〇一年九月にアメリカで同時多発テロが発生し、同条約が見直され保安対策が強化された。
 対象となる埠頭にはフェンスやゲート、監視カメラが設置されて立ち入り制限が強化されたのである。

 これまでも自治体の条例では、荷役作業をしている埠頭への立ち入りは禁止されていた。が釣り人に対しては黙認していた。

 いくら保安のためとはいえ、老人ら釣り人にとっては易々納得できるような事ではない。
 これまでも、臨海部の開発によって釣り場は年々に減少してきていた。

 この上さらに貴重な釣り場がソーラス条約によって失われるのだ。
 そもそも地先に広がる海は誰のものだ、海はみんなのもので公共財ではないかとの主張を海釣り団体は繰り返した。

 臨海部を占有した企業によって都市に住む市民は海を失った。
 兵庫県高砂市を発祥とした入り浜権運動では、既に高度成長期の時代から海までのアクセス問題が投げかけられていた。

 それでも開発は続けられ、大阪湾の都市部では水際に立ち入れる場所がほとんど無くなってしまったのだ。

 その一方で、臨海産業が市民を豊かにした事も事実だ。
 島国日本にとって港湾がどれほど重要か、台風常襲地域の大阪湾に高い波返しがなぜ必要なのかも明白だ。
 しかし、機能優先で海を遮ぎり背を向けて暮らして良いものだろうか。

 市民にも日常的な海との関わりが必要なはずだろう。何とか折り合いのつく方法はないものか。