風来の万博小娘

アウトドアや釣り自動車関連の記事を掲載しております(*^^)v

    2019年03月

     入り口で三人は立ち止まると山頂へと続く道を眺めた
     道は意外に広く車が一台通れるほどだった。
     踏切の遮断機に似たゲートが直立して開いている。

     三人はゆっくりと足を踏み入れた。
     ザッザッと足下に積もった落ち葉が鳴る。
     舗装はされておらず、湿った土の上に枯れ葉が敷き詰められていた。
     道の両側は草や木が生い茂っている。
     今までの道とは全く違う雰囲気で、ヒロムは緊張した。

     と突然、ガササーッと頭上から何かが落ちてきた。
     ぎゃーッとトシヤンが悲鳴を上げて後ずさりする。
     その勢いで後の二人に当たり三人とも尻餅をついた。
     ヒロムは何とかぼた餅の箱を両腕に抱えていた。

     見ると道の真ん中に大きなサルが座っている。
     サルは全身柔らかい毛に覆われ、その毛がタンポポの綿毛のように風に揺れていた。

    「おっ脅かしやがるなサル、あっちに行け!」

     トシヤンがズボンの土を払いながら立ち上がる。
     サルは掌を上にして差し出している。食べ物をおねだりしているようだ。
     よく見ると小ザルがお腹にうずくまっていた。
     小ザルも同じように小さな手を差し出す。
     かわいいなあとナオボウが言う。
     親子ザルは、ぼた餅に目を付けたのか紙箱をじっと見ている。
     ヒロムはサルたちの顔が哀れに見えてきて、自分の持っている紙箱を少しだけ前に出した。

    「なあぼた餅ひとつだけあげようか」

     ヒロムはトシヤンに言った。

    「あかんあかん、おじいさんのぼた餅や。いくらサルが腹減っててもこれだけはあげられんわ」

     ヒロムは、トシヤンがいなければサルのおねだりに負けて、一つか二つぼた餅を上げているところだった。

     トシヤンの言うとおり、ぼた餅はおじいさんのための大切なぼた餅なのだ。
     ヒロムは、おじいさんがいただくまでは誰にもあげてはいけないのだと思い直し、また紙箱を強く抱くように持ち直した。

     ナオボウがランドセルを降ろして中を探る。
     取り出したナオボウの手には真っ赤なニンジンが握られていた。

    「おまえなんでニンジンがランドセルの中に入れとんのや」
     とトシヤンが笑う。

    「学校のウサギにやろうと思って今日持ってきてたんやけどやるの忘れてたんや」

     ナオボウはサルに近づくと、ニンジンを投げて戻ってきた
    c547b44e01c60a1ff182affa19c31eab-529x640


     三人は市場の道にトボトボと入った。
     先頭でトシヤンが無言のまま歩く。
     少し離れて紙箱を抱いたヒロムが続き、両手で便箋を広げたナオボウが続いた。
     いつもと違う様子の三人を市場の面々が不思議そうに見る。

    「ぼくらあ今日は寄っていかんのか」
     魚屋のおじさんだ。
    「今日はちょっとやらなあかんことがあるから」
     とトシヤンが急停止すると、後の二人が衝突した

     危うく紙箱を落としそうになったヒロムが体勢を立て直す。
     衝突の拍子にヒロムの黄色い帽子のつばが下を向いて顔を覆った。魚屋のおじさんが駆け寄って帽子を直しながら、首を傾げて紙箱に目を落とす。

    「この箱何の箱よ?」
    「おじさんには関係ない話や」
     トシヤンがさりげなく答える。

    「こ、こりゃまた、失礼いたしました」
     おじさんは目を丸くすると、大げさな動作で気をつけの姿勢をして最敬礼した。

    「また、明日遊んだるから」
     とヒロムが見上げると、近くにいたおばさんらが吹き出した。
     おじさんは、頭を掻きながら苦笑でまた店の中に戻っていった。

     三人はまた順番に並ぶとトボトボと歩き始めた。
     市場を抜けた四つ角で一番後ろのナオボウが、こっち! と声を上げた。
     振り返ると左手で指をさしている。

    「おまえなあこっちやったら左と言え、反対のこっちは右やわかったな」
     トシヤンがナオボウの腕を交互に掴みながら教える。
     ナオボウは黙って口をとがらせた。
     三人はナオボウの言うとおりに歩いて森に入る道の前まで来た

    南寧魚市場(20)


    「今日はな、おじいさんの命日や。おばあちゃん、ほんまは自分で行きたかったんやけど、なんや二、三日前から体の調子が悪うなってなぁ、ぼくらぁが行ってくれたらおじいさんもきっと喜んで大好物やったぼた餅いただいてくれはるわ。ほんの少しの間で良いからお墓にこの箱ごとお供えしてくれたら、その後はぼくらぁがいただきなさい。おじいさんは直ぐに食べてしまいよるから。えっへっへ」
     おばあさんは箱の蓋を閉じてトシヤンに差し出した。

     箱を手にしたトシヤンの笑顔は消えていた。
     おじいさんは直ぐに食べてしまいよるから・・・・・・、それってお墓の中からおじいさんが出てきて食べるってことかい
     おじいさんの幽霊じゃん! ヒロムは、足の無いおじいさんがぼた餅を食べる姿を想像して、背筋が寒くなった。

     いくらトシヤンが体が大きくて勇敢でも幽霊にはかなわない、めっちゃめちゃびびって泣きわめくはずだ。ナオボウも顔面蒼白だ。

    「じゃあ気をつけてお行き」
     笑顔満面のおばあさんにそう言われてはもはや断れない。

     箱を持ってうなだれたトシヤンを先頭に三人は草屋敷を後にした。
     暫く三人とも無言だった。
     フェンス沿いの側溝の上でトシヤンが突然ぼた餅の箱をヒロムに押しつけ持たせた。

    「なあトシヤン。このぼた餅おじいさんの幽霊が食べるんかなあ」
     ヒロムは恐る恐る訊いた。
    「お、おまえなあ、この世に幽霊なんかおるわけないやんか」
     と、トシヤンは笑い声を張り上げる。が、顔は笑っていない。
    「でも、大人の言ってることってホントちがうん」
     地図を広げ持ったナオボウも真顔だ。

    「そ、そんなん大丈夫や、お前らまだ子供やなあ。とにかくおばあちゃんに頼まれたんやから持っていかなあいかんやろ」
     トシヤンの強がった顔が二人をにらむ。
    「いいか、おれは敵が来たら倒す役、ヒロムはぼた餅を持つ係、ナオボウは地図の案内係や。ええなあ」
     トシヤンは両手を羽のように広げると、バランスを取りながら側溝の上を早足で歩いた。
     だが、トシヤンの勢いはその時だけで、市場の駐車場に上がるといつもの元気さは無くなっていた。

    yjimageXNSUFL4L

     中からは、白ではない真っ黒な塊が現れた
     ミカンほどの大きさで数えると六つある。黒いのはよく見ると、おまんじゅうの中に入っている甘いあんこに違いなかった。
     日光を受け、みずみずしいあんこはキラキラと黒光りしている。ヒロムはごくりと唾を飲み込んだ。

    「このぼた餅をお爺さんのお墓に供えてくれんかのし」
     お婆さんは口元を緩め三人の顔を順番に見た。
    「お墓ってどこよ?」
     言うトシヤンもつやのあるぼた餅に目が釘付けで、ごくりと唾を飲み込んだ。
     おばあさんはぼた餅の横に添えてあった便箋を震える手で広げた。お墓までの道順が簡単な地図で書かれてある。地図はヒロムにも理解できるほど簡単だった。

    「うん、おばあちゃんぼくらが持って行ってあげるわ」
     親分格のトシヤンは同意を促すようにヒロムとナオボウの顔を見た。ヒロムとナオボウはこっくり頷くしかなかった。

    「ぼくらあほんまにええ子やなあ、ありがとうやでぇ。おばあちゃんのかわりに届けてくれたらな、きっと御利益があるはずや」
    「ゴ、ゴリヤン・・・・・・君?」
     トシヤンが訊いた。

    「御利益言うのはな、ええことや。ぼくらあがこのぼた餅をちゃんとおじいさんのお墓まで届けてくれたら、絶対ええことがあるはずやで」
     三人の口元がじんわりと緩んだ。

     そんな三人を見ておばあさんは声を上げて笑い始めた。
     だが、笑いは咳きに変わってしまい、咳がなかなか止まらない。苦しそうに顔を赤らめるおばあさんに、トシヤンが大丈夫かと声を掛けるとやっと咳は収まった。
     おばあさんは、ヒューヒューと喉を鳴らすと息を整えた。
    4555mg_0

     おばあさんは三人がうなずくのをしっかり確認すると、よっこらせぇ、と言いながら部屋の中なのに杖をついて立ち上がった。
     少しよろける感じで背中を向けると奥の間に消えていった。

     足の調子が悪いのか片方の足の先を畳みにこするような歩き方だ。
     おばあさんは、直ぐに手にお菓子の紙箱のようなものを持って戻ってきた。
     ぎこちない動作でヒロムらのかたわらにゆっくり座ると、紙箱をそっと置いた。

     間近で見るおばあさんは、数え切れないほどのシワと薄茶色の模様が顔にあった。
     日にあたった手は意外に白かったが、乾いた皮を引っ張るような感じで手の骨が突っ張り、やはり薄茶色の模様が無数についていた。

     おばあさんは何やら変わった匂いがする。
     それは何の匂いかと聞かれると答えることは出来ないが、いつかどこかで嗅いだ覚えのある匂いで、決して嫌な匂いではなかった。

     紙箱をよく見ると、蓋から食べ物を包むナイロンのラップが飛び出ていた。
     ヒロムはラップに包まれた白いショートケーキを想像した。おばあさんは小刻みに震える手で、箱の蓋をゆっくりと取った

    201207061724178e4


     おばあさんは白髪を掻き上げながらヒロムらを手招いている。
     ヒロムは気がついたときギョッとしたが、トシヤンが前に見たおばあさんやと言って笑顔になったので安心した。
     トシヤンが、何? と言いながら縁側まで進む。
     ヒロムとナオボウも後に続いた。

     目を凝らして見ると、おばあさんは顔をしわくちゃにして笑っている。その顔がおもしろくてヒロムは小笑いした。トシヤンもナオボウもクスクス笑っている。三人は互いの顔を見合わせると、縁側に横向きに腰を掛けた。
     いよいよおばあさんの顔がはっきり見えた。

     縮れた白髪は短く地肌が見えていた。顔中シワだらけで眼はほとんど開いていない。
     片側の頬に、十円玉より大きい薄茶色の模様が二つ付いていた。後は豆粒ほどの大きさだが、同じような模様が顔中に付いている。
     髪を掻き上げる手を見ると、手もシワだらけでやはり顔と同じ模様が沢山付いていた。
     笑っているようだが、時々頬がぴくんと動いて笑顔でなくなる。が、また直ぐにシワだらけの笑顔に戻る。
     何が嬉しいのかわからないが、ヒロムらはしばらくおばあさんの表情に見とれた。

     心なしかおばあさんの目がうっすらと開いたような気がした。
     すると、おばあさんは口をすぼめてもごもごと動かし始めた。口を右に左に突き出たりして動かしている。アメでも舐めているのか、そう思って見ている内に、ヒロムはまたおかしくなってクスクスと笑い始めた。他の二人も声を上げて笑った。
     おばあさんは気付いたように、丸く口を開けるとヒロムらの方を見た。

    「ぼくらあ何年よ?」
     突如発せられた声は、掠れてはいたが意外に大きかった。

    「ボク三年、こいつら一年」
     トシヤンがそっこう答えた。
    「そうかい、ぼくらあおばあちゃんの頼みごと聞いてくれるかのし」
     トシヤンが直ぐ頷いたので、ヒロムもナオボウもつられて頷いた。

    134020974340013118243_IMG_4863

     溝の終わりには鉄格子が立っており、手を掛けて上に登ると市場の駐車場に出る。そこから車が一台やっと通れる程の道が続き、両側に色んな店が軒を連ねていた。
     薬局、魚屋、肉屋、パン屋、服屋、酒屋など、大人達が忙しく行きかう所だ。上はアーケードになっていて雨でも濡れない。

     ヒロムらは、服屋のマネキンを見て鼻の穴が無いと笑ったり、薬局のゾウの置物にパンチをしたり、パン屋の前で良い匂いだと言って鼻を鳴らしたりした。
     ヒロムは特に魚屋が好きだった。
     店のおじさんとおばさんも、黄帽にランドセルの三人組が現れると笑顔で迎えてくれる。ヒロムは、ハイイラッシャイイラッシャイ、と言うおじさんの声がおもしろかった。

     普通の人間の声ではない。機械でも鳴っているようにビンビン響くのだ。
     トシヤンがおじさんのモノマネするのがまたおもしろかった。おじさんは手が空くと、まだ生きているタコを掴み上げて見せてくれたり、ちりめんじゃこを食べさせてくれたりもした。
     そんなことで、近道といっても帰り着く時間は正式な下校道とあまり変わらなかった。

     ある日の帰り、三人で草屋敷に入ると呼び止められた。
    「ぼくらあちょっと」
     三人とも声のする方を見たが誰も居ない。

     恐る恐る足下までの草をかき分けながら近づくと、薄暗い座敷の奥におばあさんが座っていた
    小学生の登下校-1024x810


     小さな町の真ん中に小山の森があり、登り切ったところに墓地がある。
     ヒロムがこの春から通い始めた小学校はその森のふもとにあった。ヒロムの家は小学校から二キロも離れており、大人の足でも三十分はかかる道のりだ。
     通い始めて一月も経たぬうち、ヒロムは近道をして帰るようになった。それは、同じ団地に住む三年生のトシヤンに教えてもらった近道だ。ヒロムは大柄なトシヤンの子分のようになって、同級生のナオボウと三人でいつも下校するようになっていた。

     近道とは、途中から正式な下校路とは反対の方に進み、まず、家と家の狭い間を体を横にしてカニのようにすり抜ける。すると、見知らぬ家の庭に出る。一軒目は芝生の庭で、いつも忙しそうに洗濯物を取り込むおばさんに出会す。おばさんは一見相撲取りのようで、最近太ってきたヒロムのお母さんよりも確実にでかかった。おばさんは子供好きなのかいつも笑顔で話しかけてくる。

     塀の隙間から隣の庭に出ると、二軒目は足下まで草の生えた古くさい家だ。いつも三人が通るところだけ草がしなっていて、進んでいくと庭の隅に空色の風呂釜が置かれている。三人はいつも決まったように風呂釜を覗き込むのだが、枯れ葉が浮いているだけだ。夏になると蛙のすみかになるとトシヤンが言うので、ヒロムは夏が待ち遠しかった。
     風呂釜の横には、土の入った発泡スチロールがいくつか並んでいたが、生えているのは雑草だけだ。見上げると錆びた瓦屋根にまで草が生えている。
     トシヤンはこの家を「草屋敷」と呼んでいた。ヒロムは誰も住んでいない空き家だと思っていたが、トシヤンの話では、去年までは白髪のおばあさんがいつも縁側に座っていた、とのことだった。

     草屋敷を過ぎると空き地になっているが、空き地には入らず、周囲に張られたフェンスの外にある側溝の上を歩く。側溝の上は幅二十センチ程しか無い。普段はほとんど水は流れていないが、雨で水量が増すとヒロムのヘソぐらいまでの深さとなり流れも強くなる。
     それがまた三人にスリルを与え、ここが一番ハラハラする場所だった。
    20130419_82796

    このページのトップヘ