風来の万博小娘

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    2019年04月

    「なんやドメインやらホームページの更新代やら言うてて、ただホームページもいっこも更新されてないし、ほんまに一万円も払わなあかんのやろか思うてしばらく振り込んでないんよ」
     順子さんは立ち上がると、僕の隣に座った。

    「騙されてたんやって」
     石川先生の言葉に順子さんはため息をついた。

    「どないしたらええんやろかねえ?」
     ヤスコさんが、僕の顔をのぞき込む。

    「契約書も交わしてないんやったら、ほっといたらいいんじゃないですか」
     僕が言うと、「お客さんの言うとおりや」と、石川先生は水割りを勢いよく空けた。

    「せやけど三〇万円もかけてせっかくつくってもうたホームページが止めになったらもったいないやんか」
     順子さんが言い終えるが早いか、「ほとんど見られてないって。ぜんぜん客増えてえへんやんか」
     石川先生は語気を強め、口元だけで笑顔を作った。

    「三十万って高すぎですよ。なんなら僕が今晩ただのホームページつくっといてあげますから、それと見比べてみてください」
     順子さんは目を丸くして何度も頷いた。何もわからないお年寄りを騙してお金を巻き上げるのは簡単なことだ。先方は同じ手口で複数の振込額を手にしていることだろう。

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    「それなんかおかしいって。詳しい人に相談してみた方がええよ」
     そう言って、石川先生はヤスコさんに水割りを頼んだ。

    「このドメインてなんやの?」
     順子さんは石川先生に携帯を渡した。

    「よくわからん。お客さん詳しくないですか」
     石川先生は僕に携帯を渡しながら話を振った。

     メールには、毎月振り込んでいただいてる一万円のドメイン代が五ヶ月分滞納されてます。このままではホームページを停止せざるをえません。至急振り込んでください、と書かれてあった。

     僕はいささかの知識があった。困った様子だったし、他に客もいないので助言した。

    「ドメインとはホームページの住所みたいなもんですよ。それを停止したらホームページは見られなくなります。ただ、無料のドメインもありますよ」

     ほぇっ、と順子さんがすっとんきょうな声を上げる。

    「毎月一万円も払ってきたのに」
     と順子さんはポカンと口を開けたまま僕を見た。

    「ほらね、だから早よやめとけって言うたのに」
     石川先生は他人ごとのようにククッと笑った。

    「契約書は交わしているのですか?」
     僕の問いに、順子さんが首を横に振る。

    「先方は、その一万円を何代って請求してるんですか。ドメイン代ならせいぜい千円足らずですよ」
     僕は水割りをカラリと傾けた。

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    「あら石川先生、おはようございます」
     初老の男性が現れた。背はそれほど高くないが、肩幅が広くてがっしりした体躯だ。健康的な褐色の肌を備えている。石川先生は、僕にちらりと目を合わせただけでピアノに向かった。

     演奏が始まる。どこかで耳にした曲が次々と演奏された。ヤスコさんがリクエストを促す。僕は、カーペンターズのスーパースターとビートルズのイエスタディを頼んだ。石川先生は、メモに目を落とすとすぐに演奏に取りかかった。

     水割りをカラリと傾ける。えもいわれぬ心地よさに浸りながら、店内を見回した。額が掛かっていて、中に若いドレス姿の娘とリーゼントの男性が肩を寄せて写っている。僕の視線に気づいた和服姿の女性が、微笑んで口を開いた。

    「五十三年前の私です」
     えっ、と目を凝らすと確かにそんな感じだ。

    「かわいいですよ。歌手かアイドルみたいじゃないですか」
     僕の言葉に、「だって歌手やもん」と着物姿の女性はアハハと笑った。

    「歌手なんですか」
     僕が目を丸くすると、この写真の頃はねえ、と言って着物姿の女性は遠くを見るような視線で話を始めた。

     彼女の名は石井順子。七十三歳で神戸を代表するジャズシンガーだ。十九歳で上京し江利チエミなどと歌手としての活動を始めた。が、プロデューサーらとそりが合わずケンカをして一年足らずで神戸に戻ってきた。ジャズシンガーとして身を立てる意思に変わりはなく、地元神戸のジャズバーなどで地道な活動を続けた。やがてこのヘンリーという店の主人と知り合い、結婚をして店の経営を続けてきた。阪神大震災で廃店を余儀なくされたが、常連客らのカンパにより店を再建、五年前に主人が心筋梗塞で急死し、現在に至っている。

    「写真に収まっている男前は、若き日のミッキーカーチスよ」
     と、順子さんが目を細める。波瀾万丈を予期せぬあどけない少女の瞳が、額の中で輝く。携帯の着信音が鳴った。順子さんは慌ててバックから携帯を取り出した。めがねを鼻にずらし、上目遣いで携帯を見ている。

    「またや、しつこいメールやわ。ほんまに」
     順子さんが口をとがらせると、ピアノの演奏を終えた石川先生が寄ってきた。

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     行きつけのスナックに上がろうとしたら、蹴躓いて階段を踏み外した。転がり込んだのは地下にある薄暗いバーだ。着物姿の小柄な女性が、目を丸くして見上げる。

    「い、いらっしゃい」
     あはぁ、と僕は息をついて頭をかいた。

    「ヤスコさん、お客さんよー」
     厨房からピンクのカーディガンを着た痩身の女性が現れた。着物姿の女性よりかは少し若いだろうか。僕はガード下の串カツ屋で酎ハイを飲み過ぎ、足下がふらついていた。

    「ようこそいらっしゃい。何にいたしましょう」
     ヤスコさんと呼ばれる女性が、目を細めておっとりとした口調で訊く。僕は仕方なくカウンター席に座った。

     高そうな店ではないが、初めてなので不安だ。並べられたボトルの中で、一番安い値札のついたオールドを頼んだ。薄暗い店の奥には、十人ほどが座れるボックス席がある。その向かいにアップライトピアノが置かれ、取り囲むようにウッドベースやドラムがあった。

    「ピアノの上手な石川先生がもうすぐいらっしゃいますので、聴きたい曲があったらリクエストしてくださいね」
     着物姿の女性はメモ用紙を差し出した。

    「あのぉ、ジャズとか全然知らないんですけど」
     僕がはにかむと、「いいんですよ。歌謡曲でも何でも。レパートリー三千曲ですから」
     着物姿の女性は白い歯をのぞかせた。カンカラリンとドアが開く。

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     ヒロムはおじいさんが去って行った方向を見た。
     ぼた餅がひとつ転がっている。

     近づいて見ると、ぼた餅は半分に砕け中から小石がのぞいていた。
     ヒロムはアッと声を上げた。

     二人組のワルに取られそうになった時、自分が入れた小石だ。
     おじいさんは小石を噛んだのだ。

     悪いことをした。
     これでゴリヤン君も無くなったとヒロムは肩を落とした。

     うめー、とトシヤンの声がする。
     振り返ると、トシヤンとナオボウがぼた餅を頬張っていた。

     ヒロムも駆け寄ってひとつつまんだ。

     口に含むと甘いあんこの味が広がる。ぼた餅は柔らかくて未だ生暖かく、ヒロムの小さな口では一口で食べきれないほど大きかった。

     ヒロムらは満足げに口をモグモグさせ、三人で顔を見合わせた。

     あっサル、とナオボウが指をさした。

     あの親子ザルが、おじいさんの食べ落としたぼた餅を分け合って食べようとしている。親ザルはぼた餅を拾い上げると挟まっていた小石を投げ捨てた。
     土埃を払い小ザルの口に運ぶと片方を自分の口に入れた。

     仲良くぼた餅を頬張る親子ザルを見て、ヒロムは小石を入れたのが良かったのか悪かったのか解らなくなった。


     翌日、お墓での出来事を話そうと草屋敷に行ったがおばあさんの姿はなかった。

     おばあさんに会えぬまま一週間が過ぎた日、草屋敷に足を踏み入れた三人は驚いた。

     黒い服を着た大人でいっぱいだ。

     草の刈られた庭に何人か立って話をしたり、おばあさんの座っていた座敷にも大人でいっぱいだ。

     ハンカチで涙を拭っているおばさんもいれば、笑顔で煙草を吸っているおじさんもいる。

     その中に一軒目の相撲取りのおばさんがいた。
     おばさんはヒロムらに気づくと近寄ってきた。

    「ぼくらあ今日は早く帰りなさい」

     おばさんの眼は少し潤んでいる。

    「この家なんかあったん」

     トシヤンが訊いた。

    「おばあさんが亡くなったんよ」

     えっ! とトシヤンが声を上げた。

     ヒロムは亡くなったという意味が直ぐには理解できなかった。

     トシヤンが振り返って「あのおばあさん死んだんやって」と言った。

     ヒロムは目を丸くして驚いた。ナオボウも驚いた顔でポカンと口を開けた。

     トシヤンがくすんっと息を吐き出す。

     ヒロムは自然と涙が出た。

     ナオボウが声を上げる。三人は大声で泣き始めた

     大人達が、黄帽にランドセルの三人を奇異な目で見る。

     おばさんら数人が寄ってきてヒロムらの頭をあやすように撫でた。

     ヒロムらはいつまでも泣くのを止めなかった。
     

     数日後、ヒロムはお母さんから妹が生まれることを告げられた。

     お兄ちゃんになるんやっ! ヒロムは飛び上がって喜ぶと二階に駆け上がった。

     窓から身を乗り出し、屋根に飛び乗ったヒロムは、きらめく新緑の森に向かって手を合わせた

    「おじいさん、ぼた餅の小石ごめんなさい。おばあさん、妹のゴリヤンクンありがとう」

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